穀物自給を考えるようになったのは

(ヘンケルスのカトラリー)

私が穀物の自給について考え始めたきっかけは35年くらい前に見たNHKの番組でした。

それはもし我が国の食糧の輸入が止ったらどうなるかをシミュレーションしたドラマでした。政府や商社の関係者たちがあらゆる努力をしたけれど食糧輸入が止ってしまう。その結果は日本の人口の3分の1が餓死するというショッキングなものでした。

詳細はだいぶ忘れました。若い女性のスタッフがその結果を聞いて失神するシーンや最後の望みがブラジルからの食糧輸入だったことはまだ覚えています。

印象的だったのは家畜用の飼料も止まることでした。そうなればすぐに家畜が屠殺され店頭に肉類が大量に積まれるだろうとそのドラマは予想したのでした。イメージの映像が流される代りに自分で想像してぞっとしました。

戦後の日本は復興が目覚ましかった。でも我が国の繁栄の基盤はものすごく脆い。思春期の私はそのことを強く認識しました。

当時から食料の自給率が低い一方で米は余りました。そこで水田の減反が進められていました。

私はカトリック系の小学校に行きました。そこで古代エジプトで7年の豊作の後に7年の飢饉が続く聖書の話を聞きました(創世記41章25〜57節)。なので米が余るからと言って田んぼを減らして良いものかとすぐ疑問に思いました。

私は石油ショックもテレビのニュースを見て知っています。石油が高くなっただけでも世間は大騒動でした。食糧が不足すれば我が国はもっと混乱するのは子供でも容易に想像できました。

こう書いて来ると、子供のころや若い頃に見た番組や聞いた話はその人の将来に強い影響を与えるものだとつくづく思います。

そして私は今も食料が自給できる国には思わず興味を持ってしまいます。

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